ショートドラマ『電車の中』

僕:大学生の男。生き甲斐を探す日々。

女1:男1の彼女。

男1:女1の彼氏。

女2:おばさん。高そうなハンドバッグを持っている。

男2:スーツ姿のサラリーマン。スラッとしていて好青年。


夜の電車の中。景色は、僕目線で見えている。


   僕、ドア際に立っている。

   すぐ近くの座席、左側に男1、右側に女1。滑舌が悪いメガネをかけた男と、少しふくよかな茶髪の女のカップル。年はどちらも30代前半といったところ。僕はその会話に聞き耳を立てている。

男1「あー、ラーメン食べたくなってきた」

女1「ふーん」

男1「ふーんって言った?え、ふーんって言った?」

女1「ごめんごめん」

男1「聞いてよ」

女1「ん?」

男1「質問してよ」

女1「分かったよー。何ラーメン食べたいの?」

男1「なんか、八王子ラーメン」

女1「あー、美味しいよね。行く?」

男1「え、でもそんなお腹空いてないでしょ」

女1「わたしはね」

男1じゃあいいよ」

女1「いいの?お腹空いてるんじゃないの?」

男1「いや、そんな食べれそうにないし」

女1「そうなの?」

男1「うん」

女1「じゃあそのままおうち帰ろう」

男1「うん。あ、でさ、やっぱり食べたくなったら最悪、八王子で途中下車すればいいじゃん」

女1「え、食べたいの?」

男1「いや、食べたくなったら」

女1「食べたくなったらね」

   2人、手を繋ぐ。女性の繋いでいる左手には、包帯が巻かれている。

   男1、膝に乗せているカバンを見て、

男1「これもうね、4、5年使ってんの。ウケるでしょ」

女1「ウケる」

   男1、手をほどく。

男1「これさ、シンメトリーじゃないんだよねよく見ると」

女1「ほんとだ」

男1「こっちだけ見るとさ、こういう形なんだけど、両方見るとほら、シンメトリーじゃない」

女1「なるほどー」

男1「買った時言ってくれればいいのにね、シンメトリーじゃないですよって」

   女1、うとうと。

男1「え、寝てたでしょ今」

女1「寝てない寝てない。キミの前で寝るわけないじゃん」

男1「でも今うとうとしてたよ」

女1「してないよー」

男1「いいよ、寝て」

   男1、女1の肩に手を回して自分の肩にもたれさせる。

   女1、もたれず、携帯電話を取り出して、

女1「そうだ、これ」

男1「何?」

女1「ダメだって」

   女1の携帯に、メールで不採用通知が来ている。

男1「うわ、ホントに?」

女1「うん」

男1「ちょっと返信していい?」

女1「いいけど相手の気持ち考えてね」

   男1、フリック入力のキーパッドでフリック入力ではない入力をする。「お」を押す時は「あ」を5回押す。

メール文面「あなたが人の気持ちが分かるのか心配になります。きっと友達いないでしょう。生きていて辛くないですか。」

男1「これでいい?(見せつつ送信を押そうとする。)」

女1「ダメダメダメ。ダメだよ。心配になります、まではいいけど、そこから先はケンカ売っちゃってるじゃん」

男1「ちゃんと言った方がいいんだよこういう人には」

女1「そうかな」

男1昨日俺に不採用って言ってきたヤツには言ったよ」

女1「言ってたね。(苦笑)」

アナウンス「まもなく、〇〇です。お出口は右側です」

   反対側の座席にいた女2が立ち上がる。その時に飲みかけの水のペットボトルを落とし、それが僕の方に転がってくる。

女2「あ、すいません」

   僕、ペットボトルを拾う。

女2「すいません、ありがとうございます」

   女2、電車を降りる。歩きながら水のペットボトルを見て、ホームの自動販売機にペットボトルを捨てる。

   電車、発車。

   僕、呆然。

男1「ラーメンどうする?」

女1「行きたい?」

男1「俺はどっちでもいいよ」

女1「行きたいんでしょ」

男1「いや、ほんとにどっちでもいい」

   男1と女1の前に立っていた男2、手で口を押さえながら、

男2「あの、少しだけボリュームを」

男1「え?何ですか?」

男2「声のボリュームを、少し。(落として、というジェスチャー)」

   僕、そちらを見る。

   車内、しばし沈黙。

男1「あなたが車両移ればいいんじゃないですか?」

女1「いいじゃん。わたしたちが移ろうよ」

男1「そういう問題じゃないから。大丈夫」

男2「他のお客さんもいますから」

   男1、他の乗客を見る。

   乗客、それぞれ目を逸らす。

男2「少しでいいんで」

男1「どのくらいかな。このくらいかな」

女1「…うん」

   おじいさんの携帯電話の着信音が鳴る。

   おじいさん、上着のポケットから携帯電話を取り出す。人が少ないドアの近くまでこそこそと行って、

おじいさん「もしもし。うん」

   男1、男2とおじいさんを交互に見る。

   男2、気まずい。

おじいさん「(血相を変えて)タカノリが?本当か!」

   乗客、おじいさんを見る。

おじいさん「いくらかかるんだ?」

男1「あっちの方がうるさいよね」

女1「そういうこと言わないの」

アナウンス「まもなく、〇〇です。お出口は右側です」

男1「大丈夫、俺は味方だよ?」

おじいさん「いつまでに必要なんだ」

   乗客、おじいさんを心配そうに見る。

女1「やっぱ眠いかも」

男1「ほら言ったじゃん」

女1「寝るね」

   女1、男1と反対側にもたれようとする。

男1「こっちもたれていいって」

   男1、肩に手を回して自分の肩にもたれさせる。

女1「ありがとう。(仕方なくもたれる。)」

男1「痛くない?」

   女1、目を開けている。

男1「もう寝たの?」

女1「…」

おじいさん「今電車だからもう一度かけ直していいか。ああ。うん。じゃあ」

   おじいさん、電話を切る。窓の外を不安そうに眺める。

男1「やっと電話終わったみたいだよ」

女1「…」

   電車、停車。

   僕、電車を降りる。

   電車の中では引き続き男1が喋っている。

   僕、ホームのベンチに深く座る。気づくと泣いている。

アナウンス「間もなく、1番線に各駅停車〇〇行きが参ります。危ないですから、黄色い点字ブロックまでお下がり下さい」

   僕、我に返る。重い腰を上げて、歩き出す。

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