コント『ボロ宿にて』
A:若い男
B:ボロ宿のおばあさん
夜の8時過ぎ。
A、ボロ宿に入ってくる。
A「ごめん下さーい。あれ、こんばんはー」
B、出てくる。
B「はいはいはいはい、はい」
A「あの、今日って1名泊まることってできます?」
B「ああ、できるわよ。もうね、うちガラガラだから」
A、愛想笑いして、
A「じゃあ1泊させていただいてもいいですか」
B「はーい。アンタ、どっから来たの?」
A「あ、東京から」
B「あら、シテーボーイね」
A「シテー?」
B「シテーボーイ」
A「ああ、シティボーイ」
B「なんでこんな田舎に来たのよ」
A「いや、なんか、東京の生活がもう慌ただしくて」
B「あらー」
A「ずっと時間に追われっぱなしで。だからこの土日で、なんにも決めずに旅行しようって思って、来ました」
B「あら、そうなのね」
A「飛び込みで泊めていただけるか心配だったんですけど」
B「大丈夫よ」
A「ありがとうございます」
B「いいのいいのお礼なんか」
A「親切な方で嬉しいです」
B「何も出ないわよ」
A「いや本当に」
B「じゃあちょっと待っててね。今宿帳出すから。これでも見てて」
A「これは」
B「この辺の地図よ」
A「ありがとうございます。でも僕今回、こういうの何も見ずに過ごそうと思ってまして」
B「あらどうして?」
A「さっきも言ったみたいに、自分の気の赴くままに旅したいんです。だから、地図とか見ないようにしようと思って」
B「あ、そうなの。でもこの辺おそばが美味しいとこいっぱいあるわよ」
A「あ、だから」
B「あのね、駅の方に、飲み屋さんが並んでる通りがあるんだけど」
A「あ、すいませんすいません。あの、今回は、自分で探そうかなっていう」
B「あ、そうなの」
A「一応、さっきも(笑)」
B「え?」
A「あ、いや」
B、宿帳を取り出して、
B「はい、じゃあこれにご記入をね、お願いします」
A、記入し始める。
B「滝があるのよ」
A「はい?」
B「大沢滝っていうのが、山の北側にあるから、明日そこ行ってみたらいいわよ」
A、記入する。
B「あ、でもね、バスがあんまりないから、時間間違えると大変。あ、バスがね」
B、時刻表を見に行く。
B「10:00、11:00、12:00って、1時間ごとね。10:00だとちょっと早いから11:00にする?」
A「あの」
B「じゃあ朝ご飯を9:00ぐらいに作ってあげるからそれ食べて、で、駅の方に行ったらちょっとした商店街のお店はもう空いてるからそこでお買い物とかして、駅の北口からバスが出てるから11:00になったら」
A「あの、あの、あの」
B「はいはい。書けた?」
A「いや、あのー、大丈夫なんで」
B「ん?」
A「今、すごい時間に追われそうなスケジュールが…」
B「あら、そう?」
A「自分で決めるので、すいません、ありがとうございます」
B「あ、そうだったわね」
A「すいません」
B「ゆっくりしてって」
A「ありがとうございます」
B「あ、でもお風呂がね、うち21:00までだから、あと30分ぐらいで閉まっちゃうからね」
A「時間」
B「夜ご飯食べる?うちで食べるなら食堂が22:00までだから、さきにパッとお風呂入っちゃって、それから22:00までにご飯食べて」
A「時間時間!」
B「うち出て左に行ったところにあるちっちゃなカラオケスナックが23:00まで空いてるから、そこ行ったらいいわ」
A「時間時間時間ー!はーい!書き終わりました」
B「どうしたのおっきな声出して」
A「書き終わりました、はい」
B「はいじゃあいただくわねー」
A「(独り言で)なんで「21:00」って言い方するんだ」
B「はい?」
A「あ、いや、「21:00」みたいに仰っていたので…」
B「おかしいかしら?」
A「ちょっと、こういう雰囲気とイメージが…」
B「あら」
A「あ、いや、勝手にこっちが思っただけです。すいません」
B、キョトンとしている。
A「あの、ご飯は外で食べてきてもいいですか」
B「お風呂閉まっちゃうわよ」
A「お風呂は大丈夫です」
B「お店どこも開いてないと思うけどねえ」
A「探してみます」
B「そしたらまあ、そこのカラオケスナックか、駅の方まで歩いて」
A「あー自分で探すので!」
B「そう?1個面白い店があるわよ」
A「それを、あの、自力で出会いたいといいますか」
B「ステーキのお店で、30分以内に食べられたらタダになるっていうところなの」
A「(独り言で)めちゃくちゃ時間に追われる。一番行かないわ」
B「ん?」
A「あ、いや、ありがとうございます色々」
B「大丈夫なの?」
A「はい。適当に、ちょっと外歩いてきます」
A、歩き出す。
B「アンタ、時間にはね」
A、立ち止まり、振り向いて、
A「はい」
B「ある程度縛られてた方がいいのよ」
A「…」
B「人間って」
A「まあ…はい」
B「そう思わない?」
A、Bの方を手で指しながら
A「でも、ねえ。あまり…縛られてなさそうな方に、言われても…。あ、すいません」
B「(ゆっくりと)いいのよ」
A「(独り言で)縛られてなさそうー…」
B「え?」
A「あ、いや。また後ほど」
A、退出。
B「お気をつけて」
B、見送った後、宿帳に何やら記入している。
机の上のスマートフォンが「ピローン」と鳴る。
スマートフォン「20:30になりました。10分間、体操の時間です」
B、顔を上げて、
B「はいはいはいはい」
B、スマートフォンを取る。シュッシュッと操作。
スマートフォンから音楽が流れる。
B、体操をしている。
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