物語の、もう1つ後ろ側。
杉原千畝のお話がある。
外務省の指示に背いて、逃亡してきたユダヤ人にギリギリまで渡航ビザを発行し続けた。
映画にもなり、その知名度はかなり高まったといえよう。
確実に伝記や映画には描かれないが、気になることがある。
それは、自分の1つ前の人までビザが渡されて、自分は1人差で惜しくも間に合わなかった、その人はどう思っていたのだろうか、ということだ。
「えー!もう一筆だけ頑張ってよ!」と思うだろうなあ。
「あの辺のちょっとペース落ちてた時間がもったいなかったなあ!」とか。
「あそこの信号引っかからなければなあ…」の可能性もある。
それだったらでも杉原さんのせいにするのは良くないな。
ビザから崩れ落ちただろうか。
いや、ヒザヒザ。
物語というものには終わりがあるが、現実世界には終わりはない。
その先があるし、もう1つ後ろにいる画面外の人がいる。
自分の1個前で終わってしまった人に、思いを馳せる。
えー、つまり。
時間にはちょっとだけ余裕を持って行動しましょう。
ということだろうか。
そういう学びをするための伝記や映画でないことは分かっているのだが。
写真は「どこが!!!!!」
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